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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1213号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

秦野章

右訴訟代理人

小川英長

右指定代理人

江口光夫

外九名

被控訴人

黒崎和子

被控訴人

黒崎透子

右法定代理人親権者母

黒崎和子

被控訴人両名訴訟代理人

森田昌昭

神部範生

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、次に付加訂正するほか、原判決の事実摘示(ただし、原判決一二枚目表一一行目「号証の一ないし五、第二」を削除する。)と同一であるから、これを引用する。

(控訴人訴訟代理人の陳述)

一 過失相殺の主張

仮に、事故機の酸素系統又は酸素マスクの整備に瑕疵があつたものと推認され、控訴人の損害賠償責任が認められるとしても、黒崎には、(一)操縦者としてなすべき酸素系統又は酸素マスクの飛行前及び飛行中の点検、確認を怠つたこと、(二)航空生理訓練(低圧室において低酸素症の症状を体験させる訓練)を実施しているのであるから、低酸素症の徴候を感知し得たし、そのときは所定の防止対策を講ずることが可能であつたこと、(三)緊急事態の発生について他の在空機又は管制機関に対し無線又はIFF(味方識別装置)により何ら送信しなかつたこと、(四)緊急脱出しなかつたこと等の点において過失があつたというべきであり、損害額の算定にあたつて斟酌すべきである。なお、右の黒崎の過失割合は少なくとも八割である。〈以下、省略〉

理由

航空自衛隊第二航空団第二〇三飛行隊一等空尉黒崎が昭和四四年一月六日に事故機を操縦して整備試験飛行を実施しているうち、同日午前一一時三六分石狩湾に機体もろとも墜落して死亡したことは当事者間に争いがない。

事故機の本件整備試験飛行の実施に備えての機体の整備等について考察するのに、〈証拠〉をあわせると、事故機の同型機は、軍用機でロッキードT―三三Aといい、日本では、昭和三〇年以降米国の供与により六〇機の引渡を受けるとともに、川崎航空機株式会社がライセンス生産を始め、昭和三四年三月にその生産を終了するまでに二一〇機を送り出したジェット機であり、旧式機に属するといわれながら、航空訓練用及び連絡飛行用航空機として、とくに安定性、実用性及び信頼性が高く、世界各国でいまなおその寿命を保つていること、事故機は、本件整備試験飛行前までの総飛行時間二三五〇時間であるが、昭和四一年七月川崎航空機株式会社において、いわゆる外注整備として、機体につき定められた期間(三六か月又は九〇〇飛行時間)安全に、かつ、効率よく使用するとともに、その品質を維持するために、機体の重要部分を取り外し、又は分解し、基地整備では十分な点検、検査及び整備ができない部分を重点的に実施する第二回目の機体定期修理を実施し、同四三年一一月同会社において、エンジン(T―三三A―三五遠心式ターボジェットエンジン)について、定められた使用最大時間に従い、分解・洗浄・点検検査・修理・交換・組立・調整等一連の作業から成るエンジンオーバーホールを実施し、同年一二月一八日から二七日までの間千歳基地において、所定の期間(二〇〇飛行時間)に従い、全体につき十分かつ精密に状態を調査確認するために、技術指令書T―三三A航空機検査要項(以下「技術指令」という。)にもとづいて、基地整備で利用しうるすべての特殊工具・試験装置・測定機器を使用して、第三回目の定期検査をしたこと、定期検査の終了に引き続いて実施すべき整備試験飛行は、航空機の基本的な性能が発揮され、安全上持久力があること(航空機の耐空性)、任務遂行に支障がないことを確認するため実施する試験飛行であることから、機体について技術指令(乙第一五号証)及び整備試験飛行手順(乙第一三号証)にもとづき飛行前検査、飛行中検査及び飛行後検査を実施するのであるが、事故機の本件整備試験飛行の飛行前検査は、部隊整備による点検検査として第二航空団司令部整備補給群整備主任久保重男指揮下地上整備隊員が、整備試験飛行操縦士による点検検査として黒崎がそれぞれ前示技術指令及び手順に則つて昭和四四年一月六日に本件整備試験飛行直前に実施したこと、事故機の本件操縦に従事した黒崎は、昭和三一年四月に操縦学生として入隊し、同四〇年一二月に整備飛行操縦士を命ぜられ、本件事故当時は主任整備飛行操縦士として十分な試験飛行経験を保有し、総飛行時間二六一八時間四〇分(T―三三A機につき六四九時間五〇分)、かつて操縦上問題となるような事故を経験したことがないこと、以上のとおり認めることができる。

本件事故は、酸素系統の障害又は及び操縦系統の不具合に基因するものである、と被控訴人らは主張し、〈証拠〉によると、昭和四三年一二月に実施された事故機の第三回定期検査において、機体の前席の酸素レギュレータ(酸素ボンベから酸素マスクまでの中間にあつて、航空機の高度により自動的に酸素流出量を調節する機器。)の内部機構の故障により酸素マスクへの酸素の供給量を少くしようとするときの調節が十分でないこと、及びエルロンブースタ(操縦桿の動きにより油圧切替弁を切り替え、油圧作動筒に油圧を作用させて左右補助翼の操舵力を軽減する装置。)シャットオフバルブからハイドロリーク(油圧切替弁からの油洩れ)があることが判明し、同年一二月二一日にそれぞれ酸素レギュレータ及び油圧切替弁シール(通常パッキングと呼ばれるもの。)を交換して、酸素系統及び操縦系統を改修したことが認められるが、事故機の右改修後の本件整備試験飛行の実施にあたつて、機体の飛行前検査が前示指令及び手順に則つて実施されたことはさきに認定したとおりであり、右実施に係る飛行前検査の実施要領のうち、酸素系統及びエルロンブースタ構成品の点検検査についてみるのに、前掲乙第一三号証及び第一六号証によると、酸素系統の点検項目は、部隊整備の場合においては、指令にもとづくワークカード表示項目のとおり、酸素流出指示計が正しく作動すること、酸素レギュレータが定流量であること、デマンドバルブからインディケータ間のチューブ、デマンドバルブのダイアフラム及びデマンドバルブのエアーインレットチェックバルブの洩れがないこと、アウトレットエルボの取付けが確実であること、レギュレータからのホースにすり傷、洩れがなく、クランプの取付けが確実であること、及び酸素圧力計が規定圧であることであり、整備飛行操縦士がする場合においては、ピーディマッククライプといつて、プレッシャーゲージ(P)、ダイアフラム(D)、マスク(M)、コネクション(Cただし、マスク側)、コネクション(Cただし、レギュレータ側)、レギュレータ(R)、インジケータ(I)、ポータブルユニット(P)及びエマージェンシーボトル(E)の各部品ごとに、洩れなく(右呼称はそのためである。)点検検査することであり(とくにプレッシャーゲージの指示が四〇〇から四五〇psiであること、ブリンカーが正常に作動すること、ダイアフラムの吹き込みテストにおいて、デリューターレバー「一〇〇パーセントOXYGEN」にしたときブリンカーの開閉が軽く、「NORMAL」にしたとき鈍くなること、ダイヤル「四三M」で息を止めると、酸素の流れが止ることが必要条件とされる。)、また、エルロンブースタ構成品については、両者ともに、ハイドロリーク(油洩れ)がないことを確認することが点検項目であることが認められるから、特段の事情のないかぎり、黒崎は本件整備試験飛行前検査において、右の点検項目の点検検査を遂げたものと認めることができる。そして、黒崎が事故機を操縦して同日午前一一時一五分に千歳飛行場を離陸し、同一八分に同飛行場北方約二海里の位置において地上レーダー部隊第四五警戒群に対して無線機交信により「千歳を午前一一時一五分に離陸、現在針路二七〇度を右旋回中、予定飛行時間一時間の有視界飛行を実施する」と通報したことは当事者間に争いがないから、黒崎は、本件整備試験飛行の飛行中同日午前一一時一八分現在において酸素レギュレータ及びエルロンブースタ構成品油圧切替弁シールの交換による事故機の酸素系統及び操縦系統の作動及び機能が正常であることを確認したうえ、本件整備試験飛行の遂行を期して右通報を発したものと推認することができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はさらにない。ほかに、事故機について、被控訴人らの主張する酸素系統の障害、操縦系統の不具合、その他の管理の瑕疵が存することを肯認するに足りる証拠はみあたらない。被控訴人らの主張は理由がない。

そうすると、被控訴人らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、すでに理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。原判決は右と一部結論を異にし、被控訴人らの請求を一部認容した限度において失当であつて、本件控訴は理由がある。

よつて、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 高橋欣一 菅英昇)

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